一般のみなさまへ
(思春期の方・保護者・教育関係者など)

日本思春期学会から一般のみなさま(思春期の方・保護者・教育関係者など)への情報提供として、このページでは、思春期の健康課題について解説します。

「がん治療の副作用で妊娠できなくなる可能性を医師から言われました。どうしたらよいでしょうか?」

卵巣は、卵子を保存し月経周期に合わせ一部の卵子を成熟させ供給するという役割があります。精巣は、精子のもとになる細胞(精原細胞)から精子を作り出し成長させる働きがあります。これら卵巣や精巣にも一定の割合でがんは発生するため摘出しなくてはならない場合や他の部位のがん治療のための抗がん薬治療、放射線治療の副作用のため貯蔵されている卵子や精子を形成する力が減少する、または、消失する場合があります。
表1に病気自体の影響や治療の副作用のため卵巣や精巣の機能が低下あるいは消失する可能性のある病気、その原因となる治療、それらに対して現在取り組まれている妊孕性温存のための治療、研究中の治療について示しました。
現在、日本国内で行われている主な治療は、卵子凍結、卵巣組織凍結、精子凍結ですが、これらについて順に紹介します。

*妊孕(にんよう)性…妊娠するために女性と男性それぞれに必要な能力のことをいいます。妊孕性を構成する一部として、女性においては、保存されている卵子の質や数、受精卵(胚)が着床し妊娠を継続させうる子宮の機能などが挙げられ、男性においては、精子が作られる精巣の機能や性交渉をするため勃起や射精の機能が挙げれます。

表1

1)卵子凍結

卵と言ってもいくつかの段階があります。排卵した後で精子と受精する前の未受精卵、そして精子と受精した後の受精卵です。特に受精後に細胞分裂が開始したものを胚と呼びます。これら未受精卵や胚を凍結保存しておいて、がん治療の終了後、それらの卵を用いて妊娠する取り組みが行われていましたが、1983年にヒト凍結融解**胚を用いた、さらに1986年にヒト凍結融解未受精卵を用いた妊娠・出産の成功例が報告されました。以降、がん患者の抗がん剤治療前に胚凍結、未受精卵凍結が急速に世界に広がることとなりました。胚凍結の方が、凍結融解後の卵の生存率が高く安定した手技と考えられます。一般に婚姻関係がまだ無い場合には、未受精卵子を凍結することとなります。これらの治療には30年以上の歴史があり、現在、確立した治療と考えられようになっています。(表2)

*凍結…胚、未受精卵、精子、卵巣を超低温(-196℃)の液体窒素中で凍結し、保存することをいいます。超低温度では、化学変化がほとんど起こらないため、状態を変えずに長期保存することができます。
**融解…凍結保存した胚、未受精卵、精子、卵巣を常温に溶かして細胞を元の状態に戻すことをいいます。

表2

2)卵巣組織凍結保存

2003年にホジキン病という血液の悪性腫瘍の患者が、手術で卵巣を切除された後、その卵巣組織を凍結保存しておき病気が治ってからその卵巣を融解させ自分の体に移植したところ卵巣機能が回復し、妊娠出産したことが報告されました。以降、本技術は急速に世界に広がっています。卵子凍結は、成熟した卵子を凍結するのに対し、卵巣組織凍結保存は、卵巣内の小さな未熟な卵子を卵巣組織ごと凍結保存しておく技術です。排卵を認めない思春期前の女児や卵子の成長のための時間を待機できない処置を急ぐ患者に適しています。一方で卵巣内に小さながん病変が存在していた場合に再び体に戻される可能性があることことや体に戻した後の卵巣組織がどの程度働くかについての評価がまだ十分になされていないという問題があります。現在**までに少なくとも世界で140人の子供が、本技術を用いて生まれてきたことが確かめられていますが、人数からも分かるようにまだ研究段階の治療と考えられています。(表2)

*卵巣移植…融解した卵巣を細かく処理して手術で体内に戻すことをいいます。
**2023年3月時点

3)精子凍結

射精ができる年齢に達していれば、がん治療前にその精液から精子を集めて凍結しておくことができます。この凍結しておいた精子を子供が欲しい時に融解し体外受精で用いることができます。ただ、精巣のがんや白血病などでは、精子が造られないようになっていることもあります。このように精子が射精された精液中に認められない場合には、精巣組織内に精子があるかどうかを確かめ認められた場合にはこれらを集め凍結することもできます。また、未来の医学の進歩を期待して精巣組織を凍結しておき、そこから精子を造り出す研究も行われています。