これからのアカデミアを見据えて

一般社団法人 日本思春期学会
理事長 松浦 賢長

日本思春期学会のウェブサイトをご覧いただき、誠にありがとうございます。

今日、私たちは「シンギュラリティ(技術的特異点)」が静かに、しかし確実に進行する大きな時代の転換点に立っています 。人工知能(AI)の急速な進化により、かつては人間の専売特許であった「合理的活動」や「知識の検証」において、AIが人間を凌駕する場面が当たり前となりました 。OpenAIのサム・アルトマン氏が「今日生まれた子供がAIより賢くなることは二度とない」と語るように、知識をAIから得ることが前提の「AI・ネイティブ」世代がすでに社会の主役になろうとしています 。

このような激動の時代において、学術集団(アカデミア)の役割はどうあるべきでしょうか。アカデミアの語源は、古代ギリシャの哲学者プラトンが設立した学園「アカデメイア」に由来します 。そこは、単なる知識の蓄積場所ではなく、自由な対話(ダイアローグ)を通じて真理を探求し、新しい知を生み出す場所でした 。私は、AI時代のアカデミアにこそ、この「対話と創造」という原点への回帰が必要だと確信しています。

近代における「科学(Science)」は、仮説検証を用いた合理的活動として定義されてきました 。しかし、この合理的プロセスの多くは今やAIによって代替可能です 。そこで人間に残された本質的な領域こそが、非合理的な活動から生まれる「仮説(問い・アイデア)」を立てる力です 。この「ひらめき」や「直感」は、計算機の中ではなく、私たちの「身体」や「情動」から湧き上がるものです 。

本学会が向き合う思春期の性教育や健康支援の領域も、大きな課題に直面しています。学校現場では、学習指導要領に基づき「適切な行動が取れること」を目的に指導が行われていますが、従来の「科学的知識があれば行動が変わる」という知識行動モデルは、(例えば)性行動に関しては必ずしも有効ではないことが明らかになっています 。行動理論(健康信念モデルや計画的行動理論など)は数多く存在しますが、その予測精度は物理学や化学ほど高くはありません。現場では、環境の不安定さや瞬発的な情動、あるいは同類集団からの圧力によって、理論通りにはいかない事象が常に発生しています 。

これからの日本思春期学会が目指すべき方向性は、こうした「理論をすり抜ける現場のリアル」を積極的に取り扱うことにあります。AIが導き出す「正解」を超えて、経験に基づいた関わりや、その場の流れから生まれる「思い付き」の中にこそ、言語化し得ない価値が眠っています 。

感情や直感は、身体を通じて生じるものです。同じ空間を共有し、多様な背景を持つ専実践家と専門家が対話することで、初めて互いの「触発」が起こります 。教科書には載っていない、現場の実践で得られた「身体知」を言語化し、分かち合う場を活性化させること。それこそが、本学会の果たすべき新たな使命です 。

「どう生きるか」をAIに問うのではなく、私たち人間が自らの情動と身体を通じて考え抜く。本学会が、多職種の専門家と実践家が交流し、かけがえのない“ひらめき”を育む変革の場となるよう、皆様と共に歩んで参りたいと存じます。今後とも、皆様の温かいご支援と積極的なご参画をお願い申し上げます 。